Futoshi Tanaka
ペインター、サラリーマン。1980年10月23日福岡県福岡市生まれ。カトリック保育園(宗教の制約のない)に入園。自分の世界に閉じこもって遊んでいたところをシスターイトミツによって絵心を見出され、絵を描く喜びを教えてもらう。口数が少なく大人しい性格だったが絵が描けたため小、中学校とも重宝され結果いじめられず済んだ。高校、大学とも美術系の学科へ進み本格的な知識を養う。大学在学中に周囲が「芸術」について真剣に討論し合う場面に直面し、マヌケさを感じる。「芸術」を論ずることへの不快感は残り卒業後「芸術」を考えることをやめる。定職に就かずパラサイトシングル化。大学在学中より通っていた天神の親不孝通りに入り浸る。弟がラップをしていた影響でラッパーとしてCLUB活動する。祖父の他界を期に実家が電気機械の修理業を営んでいたこともあり電気専門学校へ進学。「他所の釜の飯を食え」という誰かの言葉どおり別の電気機械製造メーカーへ就職。サラリーマンとなる。程なくしてサザエさん症候群に苛まれ「休日を糧に働く」という社会の奴隷に陥る。ある日、弟が務めるCLUBでライブペイントを目の当たりにし、眠っていた感情が呼び起こされる。弟のつてで毎月第2日曜に催されていた音と映像とライブペイントのイベント「EYECON」へ参加させてもらう。当時のペインター名をラッパーだった頃のMC名「tairidgeback」と名乗る。イベント初参戦時ボールペンによる具象画を描くが「EYECON」のペインター達はWOK22(FUWA YASUSHI)、WITNESS、ESDRO、RYOHEI、冨永久司(BOND GRAPHICS)、VENE、SYOJI、TAMARAという錚々たるメンバーが各々の世界観を構築しており、歴然とした実力の差を痛感。付け焼き刃を承知で自身のアイコンを思案することになる。「誰にも描けない自分だけのもの」という暗証の禅師より「誰にでも描ける誰のものでもないもの」というアイコンを模索。結果、何にでも擬態できるが目だけは変化できない不定形の生物「flounder」が生まれる。モチーフはヒラメ(カレイでも良い)。ほとんどの生物がシンメトリーの身体を有するのに対して、まるでキュビスムを体現したかのようなフォルムは、パンピー世論の「アートといえばピカソ」の概念と、海底に擬態もできる様が未知なる可能性を秘めているようだと自身のアイコンに抜擢する。「flounder」を生むきっかけとなった「EYECON」は参加間もなくして終焉を迎えることとなる。最後となった「EYECON LAST PARTY」に参加した際、ゲストに迎えられていたShohei Takasaki氏のライブペイントを目撃。強い動悸を覚え「芸術」を考えず「感じる」ことだけを心に刻む。その後ペインター名をFutoshi Tanakaと改め、仕事の傍らペインター活動をスタートする。

2017年12月TAKEO MABOROSHI TERMINAL
@佐賀県武雄市

2017年11月 IMAZIN part.3 @TRANSFORM

2017年11月 冨永ボンドのファミリア展 @ゆめタウン佐賀

2017年9月 REBEL-E vol.2 @JUICE

2017年7月 ボンドバ3周年 @ボンドバ

2017年5月 REBEL-E @JUICE

2016年7月 ボンドバ2周年 @ボンドバ

2015年11月 @ボンドバ

2015年10月 @CINEMA H.P. FRANCE Fukuoka

2015年7月 ボンドバ1周年 @ボンドバ

2015年4月 MOUNT10周年 @Earlybelievers

2014年11月 LivePaint DOJO 2014 EXTRA @ターナーギャラリー

2014年3月 シゲキバアルテ2012-2013 @シゲキバ

2013年12月 クリスマスマーケット @JR博多駅前広場

2013年10月 天神ラボ2013 @福岡PARCO

2013年10月 Daimyo Art Action @大名

2013年5月 EYECON LAST PARTY @BASE

2013年3月 シゲキバアルテvol.5 @シゲキバ

2013年2月 EYECON @BASE